火災に遭ってもすぐに後片付けをしてはいけない理由

冬は乾燥する季節の為か火災が多い。
総務省が発表した26年度の報道資料によると、やはり12月~4月の期間が、建物火災の件数が2,000件を超えている。
そのうち1月が最も多く、件数は2,439件り災人員数は5,646人となっている。

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り災者にとって最も負担のかかることが「後始末」である。
火災になり消防による消火活動が行われた現場は悲惨なものだ。
建物の残骸は危険な状態だし、近隣住民に対してかけてしまう迷惑を思うと、一日も後片付をしたいところだが、実は、火災の後片付けはすぐにやってはいけないことになっている。

その理由は「火災調査」という法律に基づく行政調査や、犯罪が疑われる場合は警察による捜査もあるからだ。
この他、り災した建物に火災保険契約が付保されている場合、損害額の確定の為に保険会社(損害保険鑑定人)の調査というものもある。

こういった調査が終了するまでは、火災現場の保存が求められ、建物の所有者やり災者と言えども、むやみに火災現場に立ち入って、現場内にある物の移動や撤去などは出来ない。

尚、火災という言葉は、火事によって被害を受けた場合にこのように言う。火事とは火災の原因となった事象を言う。

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火事には必ず原因があり、人為的に火事を起こすのは放火という犯罪だ。
ところが、歴史上、犯罪とならなかった放火事件がある。

北海道の開拓が始まった頃の札幌で起こったことだ。
1871年、開拓使の役人であった岩村通俊は、札幌の開発を推進する為、永住希望者には自宅の建設費の貸付制度を始めた。
希望者は多かったが、申請に際して貸付条件を偽り、火事にあったら簡単に燃えてしまう草葺屋根の住まいを建てる者が続出した。

この状況に怒った岩村は翌年「開拓使の建物そのものが草葺小屋だからだ」として、開拓使の木材貯蔵所に火をつけたという。
火は燃え広がり草葺の建物はずいぶんと焼けたという。

この事件を『御用火事』というそうだ。

参照 ⇒ 開拓使の放火がきっかけになった消防事始め

火災調査官紅連次郎。事件の真相。

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