赤平にあるロケット工場は植松電機

下町ロケットを地で行く企業が北海道赤平市にある。
株式会社植松電機という。
植松電機を下町ロケットに変えた人物が専務の植松務氏である。

植松さんは北見工業大学を卒業後、名古屋の航空機やリニアモーターカーの設計に携わる。5年後、会社を辞め父が経営する「植松電機」に入社する。

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赤平はかっては北海道有数の炭鉱都市であったが、植松さんが入社した1994年には既に炭鉱は閉山しており、炭坑用の特殊モーターの販売・修理を行っていた技術を活かし、車の電装品の販売や修理の仕事をしていた。

植松さんが入社後は、産業廃棄物のリサイクル作業に用いるマグネットの開発を行い、この分野では国内シェア100%と言われるようになった。

そして2004年、ロケットの研究をしていた北海道大学の永田教授との出会いが運命を変えた。
永田教授の研究を技術面で全面的にバックアップすることになったのだ。

バックアップとは、つまり実験に使うロケットの材料や加工は植松電機が負担するということである。

本業の傍ら、社員がロケット開発にも情熱を燃やしてくれ、2006年には超小型人工衛星「HIT-SAT」の打ち上げに成功、2009年にはJAXAと共同で打ち上げ実験を行うまでになった。

植松電機のホームページにはこんな言葉が掲載されている。

「どうせ無理」という言葉は、人の可能性を奪います。興味を持たなくなり、やる前に諦め、考えなくなってしまいます。
「だったらこうしてみたら?」という言葉は、人の可能性を広げます。やったことが無いことに挑戦し、あきらめず、より良くを求めるようになります。
植松電機

下町ロケット 植松電機

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