コシヒカリからゆめぴりかへと続く研究者の魂

最近の北海道産米はおいしいと定評があり、コシヒカリを上回る人気だそうだ。
「ゆめぴりか」「ふっくりんこ」「ほしのゆめ」など、首都圏でも好まれているそうだ。

北海道でおいしいお米が作られるようになったキッカケは、1980年に遡る。

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この年、北海道庁は道産米の品種改良を目的として、優良米早期開発プロジェクトをスタートさせた。
こうして1988年に生まれたのが「きらら397」である。

名前に付いている「397」は、当時の北海道立上川農業試験場で研究されていた品種の系統番号「上育397号」から付けられた。
きらら397は「キタアケ」と「しまひかり」という品種の交配で生まれたものだが、母である「しまひかり」がコシヒカリの系統であった。

そして「きらら397」の培養変異種から生まれたのが「ゆめぴりか」である。
つまり「ゆめぴりか」は「コシヒカリ」から生まれたことになるのだが、では、コシヒカリはどのようにして生まれたのだろう。

コシヒカリを生みだしたのは“高橋浩之”という農林省の技官であった。
1935年、九州大学農学部を卒業した高橋は農林省に入省する。小麦の品種改良に従事した後、1940年に新潟県農事試験場に転勤し水稲新品種育成に情熱を注いだ。

高橋が新潟に赴任した4年後にコシヒカリの種もみが収穫された。
このモミは保存され、終戦の翌年に試験田に播かれ、11月にコシヒカリの第1号が収穫された。
収穫の後、高橋は埼玉県に転任し、コシヒカリの更なる研究開発は後進の手によって進められた。

新品種の育成というものは、たいへんな根気が要る仕事である。
高橋は、20万本という苗を1本ずつ調べ、優秀なものを選別していくという作業の繰り返しであったという。

この作業は今も変わらない。ゆめぴりかの誕生も同様な作業の結果であった。

道産米新品種 季節外れの稲刈り ゆめぴりか超え期待 北海道・上川農試(2015/03/05) 北海道新聞

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