弘前大学教授夫人殺人事件(那須事件)と科捜研の関係

「科捜研の女」好きなドラマのひとつだ。
今週の木曜日もいつもどおりテレビ朝日で19:58から放映される。
ところが今週は偶然なのか、同じ時間帯で科捜研に所縁のある番組が放映される。

フジテレビのアンビリバボーだ。
今週、取り上げるのは、「戦後最大とも言われた、えん罪事件」。

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この事件は弘前市で起こった『弘前大学教授夫人殺人事件』。容疑者となり有罪判決を受け服役し、後に再審によって無罪となった那須隆さんの名から『那須事件』とも言う。

昭和24年に起こった事件だが、この年に科学捜査研究所が設立された。

那須事件は、弘前大学医学部教授の妻が、就寝中の自宅の寝室で、子供や母の目の前で殺害されるという悲惨な事件だった。

容疑者として逮捕された那須隆さんが結果的に有罪とされた有力な証拠のひとつが、衣類に付着していた血液である。
血液の鑑定を行ったのは、当時、東京大学医学部法医学教室教授であった古畑種基氏である。

古畑種基氏は後に科学警察研究所(科学捜査研究所とは別の機関)の所長を務める法医学の賢威であった。

しかし、古畑氏の鑑定結果は後に覆り、再審による無罪へとつながっていく。

実は、古畑氏が鑑定を行ったのは事件から1年が経過してからである。
捜査の初期時点では、弘前市内の開業医であった松木医師、そして弘前大学医学部の前身である青森医学専門学校法医学教室の引田教授が証拠品の鑑定を行っていた。

鑑定結果からは、明確な証拠と言えるものは見つからず、設立間もない『青森県警本部科学捜査研究所』でも鑑定が行われた。しかし、ここでも那須隆さんが犯人であるという明確な証拠を得ることが出来なかった。

このように捜査が難航した事件であったが、約1年半後、一審の判決が出た。結果は無罪であった。だが、その後、控訴審では懲役15年の判決が出され、上告も棄却され那須さんは服役する身となった。

服役して10年、仮釈放された那須隆さんはその後、たいへん辛い思いをしながら生き続けることとなる。
無実の罪で服役をした那須さんの名誉を回復するキッカケはそれから約8年後であった。

1971年5月、真犯人を知る男が那須家を訪れ、母親に真犯人の存在を告げたのである。

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ここからはアンビリバボーの番組内で詳しく描かれると思うが、再審においては、当時の複数の鑑定結果についても検証された。
その中で、青森県警本部科学捜査研究所が「証拠として提出された血痕について人間の血であるかどうかの鑑定は行われていない」ことを記述した補充報告書が、証拠として採用されていなかったことが指摘されている。

もしこの補充報告書が証拠として採用されていれば、那須さんの冤罪は無かったのかもしれない。

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