リニアの父″京谷好泰″はヤマトの父でもあった

東京オリンピックまで6年、そしてその7年後に開業するのが、リニアモーターカーが走る中央新幹線だ。
開発は鉄道総研とJR東海によって進められている。

超電導電磁石を利用するところから超電導リニアと呼ばれている方式だが、そもそも日本のリニアモーターカーの開発は1966年まで遡るそうだ。

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民営化になる前の当時の国鉄では、東海道新幹線が開業し次世代の鉄道交通システムを模索していた。
そこで、5人の鉄道技術者によって「超高速鉄道研究同好会」なる組織が立ち上がり、超電導技術の研究が始まった。

この同好会の最年少メンバーであったのが、後に国鉄の浮上式鉄道技術開発推進本部長となる京谷好泰がいた。

京谷氏が次世代の交通システムに超電導リニアを用いようと考えた原点は“安全性”だったという。

日本原子力学会誌の2009年7月号の巻頭言『夢が実現するとき』(独立行政法人 科学技術振興機構 理事長 北澤宏一氏)で、京谷氏の考え方が紹介されている。

円と直線が一点で接触しつつ走る車輪とレールを使う方式では、一点に応力が集中し車輪事故の原因となる。浮かせてしまえば応力集中は起きない。

というものであった。

参照 ⇒ http://www.aesj.or.jp/atomos/tachiyomi/2009-07mokuji.pdf

今でこそ「超電導リニア」に目を付けるとはさすが・・・・・などの修辞が言えるのだろうが、当時としては如何に安全な国鉄を確立するかという思いでいっぱいだったのだろうと思う。
最初の頃は『車輪が無いなんてバカじゃないか』と言われていたそうだ。

リニアモーターカーは軌道の上を浮いた状態で走るわけだが、その仕組みは何となく理解できる。
車両側と軌道側に磁石があり磁力の反発や吸引の力を利用しているわけだ。ところが、超電導の技術は軌道のような金属製の設備が無くても応用できる。
水に浮かぶ船でも超電導によって動くのである。

参照 ⇒ 超電導電磁推進船「ヤマト-1」

この「ヤマト-1」の開発にあたっても、京谷氏の協力があったという。
参照 ⇒ 「リニア新幹線と京谷好泰」

 

神戸海洋博物館 超電導電磁推進船 「ヤマト1」

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