クロコダイルの元副社長だった柏田雄一がウガンダの父と呼ばれる理由

ワニをモチーフにしたクロコダイルというブランドがある。
ヤマトインターナショナル株式会社が展開している。

メンズカジュアルのブランドとして1963年に生まれた。2002年にはレディース版も生まれているので、ご存知の方も多いはず。

アフリカのウガンダ共和国に、このヤマトインターから生まれた「フェニックス・ロジスティクス」という衣料品会社がある。

2000年に設立されたこの会社の経営者は日本人である。名を“柏田雄一”という。
元 ヤマトインター代表取締役副社長である。

柏田社長には別名がある・・・ウガンダの父・・・と呼ばれる。

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ウガンダ共和国は元はイギリスの植民地であったが、1962年にイギリス連邦に加盟する共和国として独立した。
かってはイギリス領であった影響で、たいへんお洒落な国民性があったらしい。また気候もアフリカにしては穏やかなところで、シャツを着る人たちがたくさんいたという。

ヤマトシャツも評判がよかったらしく、独立間もない1965年に新政府は、ヤマトインターと商社に出資を求め、ユージル社という合弁企業をつくりシャツ製造を始めた。工場の責任者として赴任したのが柏田雄一である。

その後ウガンダは、アフリカの新興国にありがちな政情不安がつづくことになった。
1971年から約8年間は独裁者として名を残したアミン政権が恐怖政治を行い、1979年にウガンダ民族解放軍に倒され、第2次オボテ政権が誕生した。

このクーデターによる混乱から身を守る為、当時はケニアに避難していた柏田雄一だったが、工場の様子を確認したい思いから、危険を顧みず首都カンパラに戻り目にしたものは、無残にも壊されてしまった工場であった。
しかし、自宅に回ってみると意外にも自宅は無傷であったという。

これには理由があった。

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略奪者が見境もなく乱暴狼藉を働く中、地元の人々は『この家は、ウガンダに尽くしている日本人の家だ。家がなくなればもう戻ってきてくれないから壊さないで』と、身体を張って守ってくれたという。
参照 ⇒ フェニックス・ロジスティクス社

その後のことだ・・・・・

ヤマトインターを2000年に退職した柏田雄一は、ウガンダのことが忘れられない。というか、ウガンダの混乱の中で経営難に陥っていたユージル社のことが気になってしょうがない。そこで柏田は私財を投げ打ち、経営難で事業を閉鎖していたユージル社を買取り、自ら事業の再開に乗出したのである。

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