海賊と呼ばれた男と共に有名になった日章丸は相生の海で造られた

相生市、全国の市町村を五十音順に並べると最初になるのがこの市である。
1889年4月1日に相生村として発足し、1942年に市制施行となった。人口は3万人弱という小さな市である。
瀬戸内海に面す相生湾はいりくんだ地形で、造船地帯として栄えた街である。

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IHI、旧石川島播磨重工業の前身の一つである播磨造船所は、この相生市が発祥の地だ。
映画化され公開中の「海賊と呼ばれた男」の中で、出光佐三がイランへ派遣したタンカー「日章丸2世」はここ播磨造船所で造られた。

播磨造船所で造った艦船の中に、当時の中華民国からの依頼による巡洋艦“寧海(ニンハイ)”がある。軍艦として初めての建造だった。
完成後、1934年中国海軍の艦隊に編成されたが、日本軍による攻撃により損傷し、1938年に播磨造船所に戻って来た。
そして1944年、「五百島」と名を変え日本海軍に編入された。

日本有数の造船所であったが、現在はIHIの相生工場としてボイラーやLNGタンクなどの鋳造品を生産しているおり、造船所時代の名残は「ペーロン祭」として現在もつづいているという。

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相生市に含まれる一帯はかつては赤穂藩浅野家の知行地であったが、その以前そして浅野家の改易後と、安定した治世が行われた地では無く、明治になり唐端清太郎が造船所を設立した後、発展したと言える。

そういった見方をすると、歴史の新しい土地と言えるだろう。
播磨造船からIHIへと企業城下町として発展した相生市だが、産業構造の変化によりかって8,000人はいたというIHIの従業員は、2,000人程度まで低下しているという。

日本国内どの地方都市も人口減少と高齢社会に突入し、地域の活性化を図る方法を模索している。“ふるさと納税”が全国的に広まっているが、地方都市の活性化の切り札となるようなものではない。相生市も同様の悩みを抱えている。

相生ペーロン祭2016 「ペーロン競漕」

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