震災地の医療を支えてきた病院が危機に瀕している

福島県双葉郡広野町で唯一地域医療を守ってきた高野病院が存亡の危機に瀕している。
高野病院がある広野町は2011年3月13日、福島第一原子力発電所1号機の水素爆発により、避難指示を発令した。
その後、4月22日には政府が「緊急時避難準備区域」に指定した地域である。

町民は安全な地域に避難したが、避難できない人たちもいた。
高野病院に入院している患者と医師や病院スタッフだ。
この時入院患者は101名だった。
福島県や警察からは避難するようにと何度も迫られたという。しかし、院長は患者の容態を考慮し病院に留まることを決意した。

福島第一原子力発電所から南に22キロ、このあたりで医療活動を行っているのは高野病院しかない。原発の事故処理作業に従事する多くの作業員の救急医療の受け皿にもなっていく。

その後、壮絶な病院運営が続くことになった。

昨年暮れのこと2016年12月30日この病院に悲劇が訪れた。
高野院長のご自宅が火災に見舞われ院長がお亡くなりになられた。

一人で医療活動を続けてこられた大黒柱が失われたのだ。

火災の翌日には全国から高野病院支援の声が挙がり、1月中はなんとか医療活動を継続していける見込みだが、まだまだ課題は多い。

実は、これまでの5年間の高野病院の運営は大変厳しいものだったという。
院長自ら私財を投げ出し運営してきたが、限界も見えており、院長の次女である高野己保理事長が何度も福島県に支援の要請を繰り返していたという。しかし「一民間病院のこと」だからと、広野町では唯一の地域医療機関であった高野病院に対し、県は有効な支援を検討することもなく、今日まできていたという。

院長を失い様々な面で困難に直面している高野病院を、何とか支援しようと高野病院を支援する会が立ち上がっている。

福島県知事は医師の確保など重要な面での支援を表明したが、地域医療の確保という面で、民間医療機関に対する財政面での支援も考えられないのだろうか。

院長が火事で死亡の高野病院 広野町が存続支援へ

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