「与論島には霊安室が無い」から見える沖縄の葬送儀礼

昨年11月に掲載されたブログの記事に「与論島の病院に霊安室がない理由」と題された投稿がある。
与論島に赴任していた医師の記事だがその中に、与論島で行われている「改葬」という葬送儀礼について興味を持った。

スポンサードリンク

与論島が属する奄美群島は鹿児島県の行政区域になっている。
だが、文化的なつながりから考えると沖縄との関係の方がより密なように思う。

案の定、沖縄には与論島で行われている「改葬」とよく似た葬送を行っていたという記述が、葬送儀礼の様式について|こうとくにある。

与論島では

死者はいったん棺に入れ埋葬される。その後3-5年経過した後、白骨化したのちに一度掘り起こされ洗骨して骨壺に移し替え改めて葬るというやり方である。

との記述が医師のブログにあり、こうとくさんのサイトには

沖縄県の一部区域に於いて、最近まで遺体を洞窟に安置し肉体の腐敗の後、 白骨化した遺骨を洗い清め改葬する習俗が存続しています。

とある。

つまり、死後すぐに土葬するか洞窟に安置するかの違いはあるが、数年後、白骨化した遺骨を洗骨し改めて埋葬するわけだ。

このような葬送の方法は本土には無いようだが、東日本大震災の際に、仮埋葬という形をとり似たような葬送方法が採用されたという。
しかし、遺族の心境を考慮し2週間後には掘り起こすことになったという。
そのご遺体の数は宮城県全体で2,018体だったという。

スポンサードリンク

話を与論島に戻す。

与論島では三十三回忌が大変重要な法事になっている。
亡くなった人の魂は守護霊として神棚に祀られているが、三十三回忌を迎えると“神”になるという。そして、お供え物も三十三回忌を機に、神様に供えるものに変わり、御霊は昇天すると言われる。

この三十三回忌は与論島独特のものらしい。

親族がたくさん集まり故人の昇天を見送る。
この法事の為には、遠く離れて暮らす子や孫や甥や姪など、たくさん集まるそうだ。
それは、今日もつづく与論島の神聖な儀式であり、“与論島に生まれた者”が当たり前に持っている共同体への帰属意識だという。

人間は、葬送儀礼の中にアイデンティティを見出すものかも知れない。

与論島の洗骨儀礼

スポンサードリンク

このページの先頭へ