内申書のデジタル化~行き過ぎたITの先にある人間のモノ化

文部科学省が内申書をデジタル化することに着手したという。大学入試改革の一環だという。
様々な分野でIoT化が進んでいる。IoTとは『ありとあらゆるモノがインターネットに接続する世界』と定義される(らしい・・・)。

デジタルによるデータの蓄積・収集・分析・分類・評価といった手法は、現代の社会ではごく当たり前になっている。
民間企業・官公庁問わず、情報の処理はデジタルがあたり前であり、より高度な処理を行ってこれまでは得られなかった処理結果を、短時間により正確に出力させようと日々努力している。

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そのようなデータ処理の対象として取り上げられるのが内申書である。

現在、内申書は相互評価から絶対評価に変わり、『最低の評価をされる生徒が必ず一定割合いる』という弊害は無くなったが、教師による主観的な評価がランキングとして表されていることに変わりはない。

デジタル化されると、生徒の評価はもっと機械的に点数付けされ、その評価があらゆるものに使われるようになる。

まさに、人間であるはずの生徒たちが「モノ化」して、あたかも品質の一定しない野菜をフルイにかけて仕分けするようなことになっていくのではないか。

曲がったキュウリはどんなに味がよくても、スーパーの店頭に並ぶことは無い。
選別され「時代のニーズに合わない」として、不良品のレッテルを貼られる。

キュウリが曲がるのは特性である。別な言い方をすると“個性”だ。キュウリが持っている元々の性格なのだが、現代社会では認められない。

内申書がデジタル化することによって、容易に人間を選別してしまい、意味の無いレッテルを貼ることによって、社会から疎外しようとする危険は無いのだろうか。

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内申書に係わる裁判

「麹町中学校内申書事件」というものが過去にあった。
現 東京都世田谷区長である保坂展人氏が、東京都と千代田区に対し損害賠償請求を起こした事件だ。

保坂氏が中学校に在学中、1967年~1970年頃のこと、当時は大学紛争が盛んな頃で、学生運動の影響が高校から中学校まで広まっていた。

氏は在学していた麹町中学校で学生運動にのめりこみ、「麹町中全共闘」を名乗り機関紙などを発行し活動をしていた。
そのような生徒に対する担任教師の評価は厳しく、内申書には学生運動に係わる氏の姿が書かれていたという。

その為、受験した高校はすべて不合格となり、その原因が内申書にあるとして損害賠償請求をした事件である。

裁判の結果は、1審は勝訴、2審は敗訴し上告審まで行ったが、上告棄却となり敗訴に終わっている。

内申書が生徒の人生を左右しかねないことを示す事件であった。

内申点を上げる自律度チェック

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